今トレーニングをしている介助犬候補犬が、どのような障害をもった人とこの先に生活をするのはわからない。 手足の動作が限られた方、手足を切断された方、大きな声がでない方、状況を判断するのに時間がかかる方など。 介助犬に何か遠いものを取ってきてもらう時に、指をさして「あれを取ってきて。」ということはできない事を私達トレーナーは想定している。トレーナーは子供たちにそれを伝え理解してもらい、体の動きは最小限に、そして声は小声でトレーニングするように毎日伝えている。 そうして子供たちは介助犬トレーニングを通して、障害者の立場に立って、言葉と目線で何を取って来て貰いたいのか伝えることは意外に難しいことを知るのです。
先日CPRという緊急救命法のコースを取って来ました。 障害者を対象としたプログラムですのでこれは必須。 自動車免許を取る時に受けた授業と一緒です。 でも歳をとったせいか現実味がおびて真剣に講義を受けていた私。 心臓マッサージで疲れて一呼吸したら、すごく怒られてしまい・・・。 一瞬が人を助けたり、時には死へ近づけてしまうのだと痛感した授業でした。
担当件が変わりまして、今はとてもひょうきんな顔をしたメイジーという女の子をトレーニング中。
自慢の一品。 ルームメイトがジュエリーデザイナーなので作ってもらいました!!!
私のインターンが11月に終了するので、それをもって日本へ本帰国。
毎日毎日、頭の中の時計がチクタクと音を立ててカウントダウンをしています。
いつもより写真をとる枚数も増えているような気が。
お気に入りのカフェでくつろぎながら勉強したり。
夕焼け見て、まだまだ帰国したくない気持ちと日本へ帰って自分の経験を伝えたい興奮が葛藤したり。
今回は私のインターンをしている介助犬協会についてご紹介を。
この方が非営利団体の介助犬協会を15年前に立ち上げました。
彼女は本当に勉強熱心で自分を信じて、仲間を信じて、みんなから愛されている素敵な人。
介助犬協会が介助犬を育てるのはどこも一緒なだけに、それぞれに特色をもっていないと大きな寄付を集めることは難しい。 私達の協会では、授業の中で高学年の小学生から高校生の介助犬のトレーニング方法を教え、その中で子供たちが障害者について学び介助犬の普及に携わっている。 今では少年院や知的障害者の施設でも同じプログラムを行っている。
留学をしていると、ビザとは切っても切れない縁でして本当に重要なもの。
留学する前は「ビザなんて。」と思っていたけど、長い期間を留学しているとこのビザに頭を痛める事もある。ついに私はこれ以上ビザの延長も変更する事もできなく11月に本帰国となりました。 「できない。」と言うよりも、お金がもうないと言うべきでしょうか・・・。
三年間の留学生活でいったいいくらのお金を使ったのかと計算するのも怖い。 でも本当にアメリカにきて良かったと思うし、留学していなかったら今頃何をしていただろうと考える方がもっと怖いかも。
残りの生活を更に満喫に過ごすため、絶対に見たいと思っていた観光名所を何時間もかけてドライブしてきた。
・ モニュメントバレー(Monument Valley)
多くの映画のロケ地として使われているので見たことも多いでしょう、この景色。 片道9時間のドライブをしてたどり着いたこの名所。 正直なところ疲れもあって、感動が半減していたような・・・。 達成感は120%でした。
・ ホワイトサンド(White Sands)
ここは本当に感動をした。 パンフレットを見た時にこんな不思議なところが本当にあるのだろうかと前から気になっていた場所。車を走らせてると、周りが粉雪が降ったような景色になり、車道がどんどん白くなっていく。砂と分かっていても、道産子としてはなんだかスリップをするような気がしてしょうがなく、車を止めて本当に滑らないか、チェックをしてみたり。
砂が車道に溜まるので、除砂もされているし、本当に北海道の景色と一緒。
日除け付のBBQコーナーはおしゃれだったけど、絶対に暑くて食べたいと思わない。
世界中が異常気象の中、サンタフェも8月に雹が2回も降った。 一回目は車の中で笑っていたけど、2回目のときは街を歩いて雹の硬さに痛くてうずくまってしまう始末。10分くらいで天気が急変して降ってくる雹を見て、異常気象の怖さを実感。
最後に最愛のZUMIの写真をどうぞ。
夏のビッグイベントの一つとして、野外オペラが有名。
野外のシアターは山奥に建てられていて、劇壇を見通して夜景が見れるようになっている設計。あいにくの雨で曇っていましたが、雰囲気がやっぱりいい。
9時からオペラが始まるので、その前にみんな椅子や食べ物を持ち込んで駐車場でワインをあけてBBQパーティーを。やっぱりやる事が違うと感心させられるこの自由な文化。
オペラは英語の字幕はあったとはいえ、オペラグラスで芝居をみたいし、字幕は早いしで笑いどころがずれて忙しい2時間でした。
ルームメイトのお誕生会で初めてアメリカでボーリング。
靴の色にびっくり、でもかわいい。 欲しい・・。
いつの間にか私のスコア表の名前がSushiになっている。
ここにはTen Thousand Waves「萬波」という日本風銭湯があって有名。 日本人としてどんなもんか行かねばと思い、先日行って来ました。
門構えからお庭まで手が行き届いていて、Japanだぁと何度も繰り返し叫んでしまった。受付で浴衣を渡されて、憩いの場には足湯や鯉の池が。
日本に帰ったような一日でした。
新しい土地に行くと24時間明日はどこへ行こうかと考えが止まらなく、カメラを持って日本人観光客丸出しで歩き回る毎日。
ここサンタフェは人を飽きさせない魅惑の街。
サンタフェにはアメリカで一番古い建物と教会が存在している。
歴史によるとその両方は1600年に立てられたものとか。
日本の歴史と比べると本当にアメリカの歴史は浅いような・・。
仏教魂の私は教会で心が落ち着くなんて体験はした事がなかったけど、以外にこの教会の中が落ち着くのなんの。
このニューメキシコには世界遺産が何個かあって、そのうちの一つ「タオスプエブロ」(インディアンの集合家屋)にいってきた。
このニューメキシコの生活の難しさのひとつが、インディアン居住地は独自の法律をもっていること。 インディアン居住地に入ると速度限度が違い、インディアン区の警察は次々の速度違反で車を止めていく! 恐るべし・・。
タオスプエブロへのカメラの持ち込みは原則禁止で、持ち込みたければ5ドル支払わなければならない・・・。 せこいと思うのは私だけか・・。 でも写真が取りたいか支払う私・・・。 悔しい。
中に入ると世界遺産とは思えないほど観光化されていて、建物の中にはどこもお土産を売るインディアンでごった返している。 建物の感動よりも、何か違うことを学んだ一日でした。
最近インターン先の協会に4匹の子犬がきた。黒ラブと黄色ラブ。
ここでは色んな名前を犬に呼びかけて、一番反応が良かったものが名前となる。
毎日名前が変わる中、担当が笑いながら黒ラブガールの名前が「Zumi」になったと。 私の名前から取ったらしいけど、どうして「Ka」を取り去ったのだろう・・・。 とにもかくも、それはそれでとてもうれしいものです。
犬を食べようとしている黒ラブがZumi・・・。
夏のビッグイベントの一つとして、野外オペラが有名。
野外のシアターは山奥に建てられていて、劇壇を見通して夜景が見れるようになっている設計。
あいにくの雨で曇っていましたが、雰囲気がやっぱりいい。
9時からオペラが始まるので、その前にみんな椅子や食べ物を持ち込んで駐車場でワインをあけてBBQパーティーを。やっぱりやる事が違うと感心させられるこの自由な文化。
オペラは英語の字幕はあったとはいえ、オペラグラスで芝居をみたいし、字幕は早いしで笑いどころがずれて忙しい2時間でした。
ルームメイトのお誕生会で初めてアメリカでボーリング。
靴の色にびっくり、でもかわいい。 欲しい・・。
いつの間にか私のスコア表の名前がSushiになっている。
ここにはTen Thousand Waves「萬波」という日本風銭湯があって有名。 日本人としてどんなもんか行かねばと思い、先日行って来ました。
門構えからお庭まで手が行き届いていて、Japanだぁと何度も繰り返し叫んでしまった。受付で浴衣を渡されて、憩いの場には足湯や鯉の池が。
日本に帰ったような一日でした。
新しい土地に行くと24時間明日はどこへ行こうかと考えが止まらなく、カメラを持って日本人観光客丸出しで歩き回る毎日。
ここサンタフェは人を飽きさせない魅惑の街。
サンタフェにはアメリカで一番古い建物と教会が存在している。
歴史によるとその両方は1600年に立てられたものとか。
日本の歴史と比べると本当にアメリカの歴史は浅いような・・。
仏教魂の私は教会で心が落ち着くなんて体験はした事がなかったけど、以外にこの教会の中が落ち着くのなんの。
このニューメキシコには世界遺産が何個かあって、そのうちの一つ「タオスプエブロ」(インディアンの集合家屋)にいってきた。
このニューメキシコの生活の難しさのひとつが、インディアン居住地は独自の法律をもっていること。 インディアン居住地に入ると速度限度が違い、インディアン区の警察は次々の速度違反で車を止めていく! 恐るべし・・。
タオスプエブロへのカメラの持ち込みは原則禁止で、持ち込みたければ5ドル支払わなければならない・・・。 せこいと思うのは私だけか・・。 でも写真が取りたいか支払う私・・・。 悔しい。
中に入ると世界遺産とは思えないほど観光化されていて、建物の中にはどこもお土産を売るインディアンでごった返している。 建物の感動よりも、何か違うことを学んだ一日でした。
New MexicoのSanta Feに引っ越して一ヶ月。
ここは標高2000mの場所(羊蹄山より高い!)に位置し、着いてすぐに高山病に苦しみこれが一生続くのかと落ち込みましたが、3日間ほどで治り今ではへっちゃら。 でも水泳やハイキングをするとすぐにゼィゼィしてしまうのは標高のせいか歳のせいか??
街全体は近代的なビルは全くなく、高山砂漠とはいえ自然に囲まれ穏やかでスローライフにはもってこいの街。沢山のアーティストが住んでいて、毎日のように音楽とアートでにぎわって飽きることのない毎日。 今までの生活とは比べものにならないくらい、私はこの街に合っているようで友達も沢山できて、毎日が本当に楽しい。
少し観光名所のご紹介を。
噂では聞いていた柱のない螺ラセン階段。建設者も不明で逸話が修道女が会談が必要と思っていて祈っていたらある日が階段ができたとか・・・。 とにもかくもみごたえのあるラセン階段でした。
ダウンタウンは街の中心でもあり、観光名所。
教会やお土産ショップ、ネイティブインディアンがジュエリーを売っている。
ここには「Santa Fe人会」という日本人のコミュニティもあって、そこでは日本人2世・3世、留学生や日本に興味のある人が集まって料理教室やハイキングをしている。
なぜそのグループに出会ったかというと、たまたま道に迷って、観光案内に質問に行くと日本人3世の人が働いておりこの会を紹介してくれた。今は英語が話せるから積極的に人に聞く事ができて、それがまた友達の輪につながっているような気がする。
無事に介助犬トレーナーの学校を卒業しました。
皆様のあたたかい応援ありがとうございます。
映画で何度もみた外国の卒業式のガウンと帽子。
ダサい色だと不満があったけど、やっぱり着るとはしゃぐ私。
そして感極って涙。
人生5回目の学校だったけど、一番大変で辛かったような。
いやいや4月は本当に辛かったのです。
前回お話したように卒業試験の代わりの介助犬を障害者に引き渡す2週間集中合同訓練があり、50分の授業を私は3回ほど担当しました。 もちろん緊張とストレスの種は英語。 どのように犬をハンドルするか、どのような犬の種類が介助犬にむいているのかを講義したけど、うまくいったような緊張のあまり記憶が遠い。
でもクラスメイトも介助犬を受け取る障害者も一致団結していくので、そこは心強い。また、クライエントと介助犬が一致団結していく姿は本当に他では見れない感動の時。
この学校で、ずっと一番自分の学びたかったことを学びました。
さて、つぎの夢に向かって今は移動
興味のある介助犬施設を見つけて押しに押して勝ち取ったインターン!
New MexicoのSanta Feに8月まで修行。その後日本に帰国。
その街は古く歴史のある街で観光でも有名。
最後の旅行と勉学の締めくくりにもってこいの場所に違いないと夢を抱きつつ、今はロスにて2週間の休養中。
自分がトレーニングしていた犬とのお別れは辛かった。
いまはせっせと思い出アルバムつくりをしています。
次回はSanta Feでの生活をお話しますね。
前回お話したように、私の生活は24時間いつもトレーニング犬と一緒。
いくら犬好きでも、これは慣れるまでは結構ストレスがかかってくる。
いまでは母親気分で、出かけるといったら「そこは犬にとって安全か!?」と一番に考え、犬のお菓子にタオルや水をリュックに詰め込み車に乗り込む。
こんな生活を始めて早7ヶ月。あと1ヵ月半で卒業。
考えることは卒業後の犬なし生活の寂しさ。
最初から分かっていた事だけど、トレーニングしてきた犬との別れを考えると涙が…。
3匹の大中小の犬達の写真はわが子。 これは最近のお気に入りの写真。
卒業試験の代わりの、介助犬を障害者に渡す際の2週間集中訓練を生徒達がマネージメントをする。 こういう実践を中心とした授業を受けられるのはアメリカだからだと思う。日本では安全面や細かい規定に縛られすぎてこのような事は難しい。
だから留学は簡単なことではないけど、日本では得られない経験が山ほど海外では得られから勇気を出して行くべき!
またその経験をどうやって日本で活かそうかと考えると今は本当にわくわくする。
犬の話をし始めると止まらなくなるので、ここで少し私の休日日記を。
少し前に日本の友達が遊びに来てくれて、そのお土産がなんと「たこやき焼き器」。
なんともいえない驚き。なにを思ってか…。
「日本にもって帰るのには大きな荷物。」と最初に思ってしまった。
とにもかくも使わないと申し訳ないと日本人心が私の背中を押し、たこ焼きパーティーをしてみた。
めんどくさいと思ってけど、もう一人の日本人学生の助けもあり意外とすんなりとたこ焼きがどんどこと出来上がり、盛り上がってしまった。
今では日本に持って帰りたいと思う私。
海外に行っても友達は大切に!
私の通っている学校はAssistance Dog Instituteといって、補助犬について専門に学ぶところ。 学校長は介助犬を始めて育てた人で、彼女の知識、トレーニング方、そして才能は本当にすばらしい。 いろんな国からこの知識と技術を得るために生徒が来ていて、私もその一人。
大きな学校ではなく、生徒は11人、職員は7人位で、犬は60匹!
盲導犬や聴導犬とは違って、介助犬は身体障害者を支える犬。
玄関や冷蔵庫のドアの開け閉め、電気を点けたり、車椅子をひっぱったり、床に落ちたものを拾う等いろんな面で身体障害者を支えてくれる。 もちろん何よりも24時間一緒にいるという家族以上の強い絆をもった存在でもある。
私が今住んでいるSanta Rosaは スヌーピーの作者であるチャールズ・シュルツさんが住んでいた街。 街のあちらこちらにスヌーピーやの友人たちの銅像がある。
自然にも囲まれていて、食べものは北海道を思い出すようなものがいっぱい。
青空市場や、秋には収穫祭が行われるし。 ロサンゼルスでは普通に歩いていてもそこら辺に日本人を見かけたけど、ここはたぶん日本人はそんなに住んでいないような。
7ヶ月住んでいるけど、日本人に会ったのは数回だけ。
農場が多いからメキシコ人は確かに多いかも。
とにかく私はここの気候と環境にとても合っていて、なんのストレスもなく自然体で毎日すごしていられる。
あけましておめでとうございます。
そろそろ、私はいったいアメリカで何をしているのか本題に触れようかと。
今までの日記からの印象では私は遊んで歩いているみたいですが、意外にきちんと目標を持って生活をしています。
2006年1月から2007年7月までは語学学校に真面目に通い、2007年8月からはM-1ビザ(学生ビザですが訓練校や専門学校対象)に切り替えて介助犬トレーナー訓練校に通っています。
私はアニマルアシステッドセラピー(動物介在療法)に興味があり、日本で高い授業料を払って専門学校で学ぶくらいなら、アメリカの本場で学びたいと思って飛び立ったのが一昨年。
Los Angelesは語学学校が安くて大きな街だから、行けば何か見つかると思い無計画の出発。 始めはやる気はあるものの英語も十分に読めない・話せないで、手当たり次第に情報をかき集めていました。 人手がほしいところはいっぱいあるだろうし、ボランティアならどこか見つかるだろうと思っていたけど、そのボランティアでさえ語学不足で断られ何事も簡単には物事は進まないんだなぁと肩を落とした日が懐かしい。
でも、数あたればそのうち当たるで、アニマルシェルターや動物に関係のある場所でボランティアをして受け入れてもらえ、受け入れてくれた施設は本当に心の温かい人ばかりでした。
でも、私の一番の学びたい事アニマルアシステッドセラピーは主に病院で活動しているため危険が伴うのでと語学不足を理由に断られつづけ、何をしに来たんだろうと2006年夏に行き詰ってしまいました。
そんな時、不意とインターネットで情報を集めていたら一人の日本人女性を見つけ、早速Eメールを送り、それが私の人生を大きく変えること。
その方が調度今の私の学校に通っていて、そこでアニマルアシステッドセラピーが学べることを教えてくれました。 将来セラピーだけで生活するのは難しいと感じていた私にはトレーナーとしての技術も得れるというこの学校は本当に私のための学校と思うほど希望に適っていた。
早速、学校の担当者と連絡をとったものの、そこは毎年8月が入学日で、私が連絡したのは調度8月・・・。 来年の8月まで待たなくてはならないというのは経済的にも厳しかったけど、学校へ通うという大きな目標は私にとって掛け替えのないチャンス。入学まで英語をしっかり勉強して準備しようと心に決め語学学校にセッセと通いました。 行き詰っても、止まらず前に進んでいればなにか見つけることができるんだと実感した出来事です。
学校はLos Angelesから車で北に8時間ドライブした所で町の名前はSanta Rosa。 North Californiaは北海道に似て四季もあり自然に囲まれた所。
次回にでもこの街の紹介と学校でどのようなことをしているのかお伝えします。
Happy Holiday!
街はクリスマス一色になり、家族が楽しそうにクリスマスショッピングをしているのを見ると日本が恋しくなったり・・・。
さて、家族や彼、友人らへのクリスマスプレゼントとカードは欠かせないので、何にしようかと頭を痛める12月。
目標は「もちろん予算は低く、でも喜ばれるもの!」
そこで何を私が選んだのかをご紹介しますね。
近くに住んでいる友人らには無難にカリフォルニアワインやオリーブオイルを送ること決めたのは良いものの、送料の高さに驚き。 でも、買ってしまったものの引き返せず送ることに。20ドルの品に20ドルの送料・・・。
写真左)オリーブオイルでSt. Pierre。 本当に飲んでも良いくらいのおいしさ。 炒め物よりもサラダドレッシングややパンにつけることをお勧め。
写真中)CLOS DU BOISのPinot noirは私のお気に入りのワインでもあり、非常に飲みやすい。写真のワインはCLOS DU BOISのMerlot
写真右)B.R.COHN。ワインをどれにしようか悩んで近くのお客さんに相談してみたら、これを勧められた。これはただのワインではなく、チョコレートワインソースといって、アイスクリームやイチゴ、チーズケーキにかけていただくもの。送る前に自分で試しに味わってみようと購入。 アイスにかけて食べてみたけど、結構おいしかった。 チョコレートボンボンを思い出すような味。
送料を考慮することを学んだ私は小さくて軽いものを探し始め。日本の姪っ子にはトナカイの角と英語の本を。
そして、年越し。
ゆっくりとアパートで過ごすのも良いけど、初日の出も見たい。
今年はLos Angelesから2時間ドライブをして山まで行き初日の出を拝みました。
予定していた場所がCloseされていて、引き返すところでNice Spotを見つけ、合掌。
帰り道で雪を発見!
北海道人としては尻すべりをするチャンスを見逃すわけにはいかず、トライ!
朝早くからの活動でお腹もへり、山中のモーテルの食堂で朝食ビュッフェを頂く。 おせちとは程遠いけどアメリカを満喫した元旦でした。
てなことで、やっぱり初日の出を見に行こうかな。
LAは札幌のススキノのように夜遊びにはもってこいの場所。
しっかりネットや情報誌でどんなイベントが行われてるのかチェックして、怖がらずに行くべし!
Halloweenは特に見逃せない行事。
ハリウッドにはいくつも仮装の店があり、20ドルくらいでどんな衣装が買えてしまう。もちろんチャチですが…、イベントは夜なので気にすることなし。
仮装しなかったり、中途半端な仮装をすると非常にさみしい思いをするので、絶対に意気込んで下さい。
知り合いは手術用のオペ服に自分で血をペイント、私は無難でナース、友達は赤頭巾ちゃんやカーボゥイなど、実際にそう見えるか二の次! 参加することに意味あり!! 写真のお相撲さんはみんなの注目の的でした。
ちなみに私の犬も仮装。魔女になってみました。犬に衣装なんて反対派でしたが、こればかりは、So cute!
友達や夫婦、きにせず一人でも気軽に行けるのがSummer Concert.
美術館やビーチ、ショッピング街で毎晩のようにJazzやゴスペルといった音楽祭が行われていて、参加は無料。
そこでワインやチーズなどを販売してるので、ワイン片手に音楽を聴いて、そこにいる人達と自然に会話がはずんだり、アメリカ生活に浸れるひと時です。
演奏者とミーハーにも写真をとったりと日本人丸出しな私。
アメリカでの一大イベントと言えばThanksgivingではないでしょうか。
みんな実家に帰り、家族と丸焼きターキーを囲んで食事をする日。(本当は奥深い行事なんでしょうが・・)
留学生は家族がアメリカにいないし、アメリカ人でもないので特に何もすることがなくて困ったりもします。 90%以上のお店はしまってしまい、日本のお正月みたいな感じ。
私はどうしてもターキーを焼いてみたくて、学校の先生にレシピと冷凍ターキーを頂き挑戦! やっぱりアメリカ料理、すごく簡単で火加減と焼き時間さえ気をつければ大丈夫。 この照りはメープルシロップが決めて。 あまりの上出来に自我自賛しみんなで晩餐会を楽しみました。
アメリカは広い!
と言うことで、Freeway(日本でいう高速道路ですが、名前の通り無料)で広大なアメリカを車で簡単にどこにでも行ける。
はじめにカリフォルニア免許を取ることをお勧め。 国際免許でも大丈夫。
Los Angelesでは車を持っているか持っていないかで随分遊び方が変わる!(勿論アメリカ自動車保険には入ること)
地域によっては日が暮れるとともに歩くことは論外。なにか事件にあっても、夜に歩いている方が不注意と思われることもあったり。
私ははじめの半年はバスに乗って生活し、これも結構楽しかったけど、これからまだまだアメリカにいるなと思って中古車を購入。
初めてのドライブ旅行は本当に思い出深いことばかり。
海外で車の運転なんて絶対に無理と思い、ちっとも考えていなかったけど、学校の友人が「せっかくにアメリカに着たんだから旅行しよう!でも、お金は節約したいからツアーで無くレンタカーで。」と言いだし貧乏旅行が始まる。
勿論映画で見たように車線は反対だし、標識は英語でちんぷんかんぷん。電子辞書で調べたり友達に電話して意味を聞いたり。交通ルールは運転する前に知っておく方が良いと学びました。クラクション好きなアメリカ人に負けず、運転しているうちに慣れますよ。
アメリカ旅行1日目
ロサンジェルスからグランドキャニオンの近くでひとっ走り。普段なら6時間くらいなのが連休だったせいで12時間も・・・・。ロス市内の渋滞は悪夢。みんな超げっそり。
モーテルはダブルベットで大体70ドルから90ドル。 アメリカのベットはでかいので、ダブルベットの部屋で4人悠々と泊まることができる。節約!
2日目
グランドキャニオンは観光客で混むので朝早くに観光してしまい、南へ向かって走行して暗くなりかけたらモーテルを探して宿泊。グランドキャニオンのあたりは砂漠で、砂漠と言っても砂丘とはちがって色んな景色が楽しめる。朝焼けと夕焼けに染まる景色は本当に感動。みんなで「アメリカに来て本当に良かった!」と何度も言ってたような。
3日目
夜のラスベガスを楽しむためにも朝早くに出発しザイオン国立公園を通過してラスベガスへ。 コヨーテアグリィという映画を知ってますか?その映画を真似たバーがあって、そこに行くのが私達の目標!だったが、私は現物パスポートを忘れコピーと国際免許書を見せたけど頑固として拒否!友達は遠慮がちにも入店し、残された私の眼には無念の涙が・・・。身分証明に厳しいアメリカは現物パスポートかカリフォルニア免許証を持ち歩かなければなりません!変なとこで厳しいアメリカ。
4日目
ひたすら走行し続け、車を止めては写真を取りまくる旅もあっという間に終わり、ロサンジェルスに帰国するのでした。
みなさんこんにちは。
今月から私のアメリカ留学生活をお伝えします。
初めにちょっとさかのぼって、アメリカに来たばかりの時の様子をどうぞ。
2006年1月にLos Angelesへ語学留学し、学校はKoreatownにあるConcordへ入学しました。 日本人は思っていたほどいなく、KoreanやMongolianが半数を占めていたかな。 いざクラスを見渡すとみんな若い(20歳あたり)・・・。でも、お互い第一言語が英語ではない者同士で、一生懸命に片言の英語で交流を図ろうという一体感に感動。授業の内容は本当に良くて、毎日通うのが楽しいし英語の基礎力はしっかりと身に付きますよ。 先生もFriendlyで色んな楽しい所をField
Tripで行ったり、プライベートでも遊んでくれました。
LACM(Los
Angeles Musium)にて。
男の子が肩車をしてまでとった傑作写真。 Filed
Tripは他のクラスとも行くのでごらんのように友達の輪が大きくなりました。
もてない担任の先生へサプライズバレンタインチョコ!
先生のお気に入りの子に手錠をかけてもらいましたが、勿論かけられて娘は失笑。
House Warming Party
日本食VS韓国料理
初めの一ヶ月は学校の寮にいましたが、すぐにHouse
Shareを開始。
誰かが引っ越すとHouse Warming Partyと言って、カラッポの家を暖めてあげようと友達が集まってPartyを開いてくれますよ。
私のクラスメイトはKoreanとJapaneseがほとんどで、こんな感じの食事になりました。
話は変わるのですが、私はKorean Foodにどっぷりはまりました! Los
AngelesのKoreatownは韓国に訪れたみたいに大きな街。豆腐と辛味スープのスンドゥブが一番好きかな。本当においしい!!!
2ヶ月に一回卒業式があるのですが、その度にちょっとしたゲームとFree
Lunchをみんなで楽しみます。 目隠ししている女の子がいる写真は、メキシコのゲーム。スイカ割と似ていて、目隠ししてグルグルと回転してもらって吊るされている太鼓を叩き割るというのがルール。叩き割ると、中からいろんなお菓子やジョークまじりの玩具が飛び出してきまぁす!!
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